「この世界のぜんぶ」(池澤夏樹)

マルチ文芸人の本領発揮的詩集

「この世界のぜんぶ」
 (池澤夏樹詩/早川良雄絵)中公文庫

池澤夏樹は「真夏のプリニウス」
「マシアス・ギリの失脚」といった
小説で知っていました。
また「母なる自然のおっぱい」を
はじめとしたエッセイも有名です。
児童文学としての「キップをなくして」、
中高生でも楽しめる
「南の島のティオ」などは、
私の大好きな作品です。
どれどれ、小説家の書く詩とは
どんなものだろう。

読んでみると、
すべてストレートで
わかりやすい詩です。
阪田寛夫やまど・みちおにも似た
温かさがあります。
工藤直子の「新編あいたくて」のような
詩と絵のコラボが楽しめます。
子どもには詩の入門として、
大人には癒やしの詩集として、
最適の一冊です。

阪田寛夫やまど・みちおの詩は、
子どもの目線で書かれたものだと
感じます。
池澤夏樹のそれは、
少年の心を持った大人が、
その心のまま綴った世界ではないかと
思うのです。

「風が吹くと
 ビールの缶が鳴ります
 少しだけ飲んだ時には
 高い音で ピーっといいます
 もう少し飲むと
 音は低くなって
 ヒューっとなります
 もっと飲むともっと低くなって
 ポーっという」

(音響学的実験)

わかりやすい詩を
「子どもの読むもの」と
馬鹿にしてはいけません。
谷川俊太郎や中原中也の詩は、
そこに描かれているものの奥底を
考える必要があります。
しかし、池澤夏樹の詩は、
描かれている先に
どんな未来が広がっているか
考える楽しさがあるのです。

「山に来ています
 この山には恐竜の化石が
 たくさん埋まっています
(中略)
 出てきたのは小さなカメの化石でした
 ぼくは一晩しんみりと
 白亜紀の暮らしについて
 カメの話を聞きました」

(化石掘り)

さて、
池澤夏樹について調べてみると、
そもそも出発は「詩」だったのです。
大学中退後、
ギリシャで3年ほど過ごし、
その間、
彼の国の現代詩を翻訳発表。
さらに帰国後、第一詩集として
「塩の道」を発表していました。

小説家が余芸で書いた詩ではなかった!
この人は本来詩人だったのか!
というよりもマルチ文芸人としての
本領発揮とでもいうべき
詩集だったのか!
驚きの連続です。

初々しい中学校1年生に、
詩集入門として薦めたいと思います。
「この世界のぜんぶを
 きみにあげようと思ったけれど
 気がついてみれば
 この世界はぼくのものではなかった
 いっしょに来るかい?」

(この世界のぜんぶ)

(2019.3.12)

Image by kareni on Pixabay

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